【記事のご紹介】ソロモンと中国の国交樹立
(一般社団法人 霞関会HPより転載)※転載許可済み
筆者:前在ソロモン国特命全権大使 遠山 茂 氏
小職は、2018年4月にソロモンに赴任し,2020年5月末に帰朝した。1978年の入省時より中国専門職として42年の在職期間のうち、およそ8割は中国関係の業務に従事したが、最後のポストであったソロモンには2年2カ月勤務した。小職の在任中、最も注目されたトピックとなったのは、ソロモンと台湾との断交及びそれに伴う中国との国交樹立であった。以下、ソロモンの「外交関係切り替え」の経緯とともに、日本・ソロモン関係の現状及び展望に触れてみたい。
1.良好だった台湾との関係
ソロモンは、1978年に英国植民地から独立を果たした後、1983年に中華民国(台湾)との外交関係を樹立した。関連の報道記事によれば、当時、ソロモンは中華人民共和国との国交樹立を内定していたが、直前になって台湾に切り替えた由である。一説によれば、中国は外交関係を樹立すれば、1万米ドルを提供するとの提案をした由である。貴重な外貨保有から1万米ドルを供与するというのは当時の中国からすれば精一杯の対応であったのだろう。その後、ソロモンは36年間にわたって台湾との外交関係を維持してきた。
ソロモンと台湾との関係は、地味な関係ではあったが一貫して安定した関係を維持してきた。まず、政治分野では、ソロモンでは「選挙区開発基金」と称し、国会議員の選挙区毎に開発等を支援する国の予算があったが、台湾はこの基金の20%強を提供してきた。この基金は、使途不良なケースも多く、腐敗の温床とも言われていたが、台湾とソロモンとの関係を繋ぎ止めてきたことも事実である。また、台湾による対ソロモン援助では、農業プロジェクトを通じた野菜などの生産支援、国立病院への医療スタッフの支援、大学での中国語教育、ソロモン留学生の受け入れなどを継続的に実施し、これら交流の状況は現地メディアでも大きく取り上げられ、台湾への親近感が維持されてきた。お互いに民主主義を標榜し、また、共に島国同士というのもたびたび強調された。
2.中国との外交関係樹立~経緯と背景
しかしながら、昨年4月の総選挙に伴って成立したソガバレ政権の下でこの外交関係の切り替えが優先な検討課題の一つとして取り上げられた。検討のプロセスとしては、超党派議員を中心とするタスクフォースが結成され、中国と外交関係を有する周辺国への視察を含めた立派な報告書が作成された。タスクフォースのメンバーは大半が親中派議員であり、結果的には、昨年9月に国会等での十分な議論を行われないままに台湾との断交及びこれに伴う中国との国交樹立が閣議決定された。同時期にキリバスも台湾と断交したことから、その時点で、台湾と外交関係を維持している国は15か国となり、国際社会における台湾の「外交空間」は、一層狭まることとなった。
当時、本件は日本のみならず、欧米のメディアでも比較的大きく取り上げられた。基本的な構図としては、国際社会における台湾の活動空間を封じ込め、国際社会における中国の拠点を確保するとの中国の中長期戦略がまた一つ進展したとの解釈で間違いはないが、もちろん、本件には様々な背景がある。
第一に、そもそも、ソロモンにおける台湾のプレゼンスは必ずしも大きいわけではなかった。小職は、着任直後に当時の「台湾大使」と面談したが、その際、先方から、台湾の在留邦人は約30名との話を聞いて内心驚きを禁じ得なかった。また、前述の台湾のソロモンに対する援助は、人口に膾炙はしていたが、ソロモン政府及び大多数の国民が渇望する大型のインフラプロジェクト援助があるわけではなく、規模、対象分野もかなり限られていたというのが実情である。また、近年、台湾による民間ビジネスもほとんどなかった。
他方、中国については、既に大陸系の中国人が3、4000人規模で居留しており、街中の雑貨店を始めとしてソロモン経済は実質的にこうした華僑に支配されてきた。また、ソロモンにとって、中国は既に最大の貿易パートナーであり、特にソロモン側輸出の7割弱が中国向けである。品目としては、木材や、ナマコ等の海産物が中心となっているが、ソロモン側では、これら産品の加工を通じて付加価値をつけるレベルに至っておらず、価格形成についても買手主導となっている。従って、既に緊密化している双方の経済関係に鑑みれば、外交関係の樹立は自然な流れであったと言いえる。
第二の背景として、米国が台湾との関係を維持することについて、ソロモン側に必要以上の圧力をかけたのではなかろうか。周知のとおり、第2次世界大戦においてソロモンは同盟国側の一員として米軍とともに日本と戦った関係であったが、戦後、ソロモンにおける米国のプレゼンスは極めて限定されたものであった。しかるところ、この数年になって中国の太平洋地域への進出を牽制する目的でソロモンへの急接近を図った。ソロモンは弱小な後発途上国であるが、国家としての自尊心は人一倍強いところが見られる。希薄な関係にあった米国が突然に大型の援助をちらつかせつつ、台湾との関係維持を迫ったことについて、ソロモン側は、これは本質的には米国側の戦略的な都合によるものであり、自分たちはコマのように扱われているとの受け止めをしたようであり、事実そのような反発を小職に述べた政治家も少なくなかった。
3.本格化する中国のソロモン進出
本来、中国側としては、2月にも正式な大使を派遣し、本格的な外交活動をスタートさせる予定であったが、コロナウィルスの発生によりソロモンとの外交日程が大きく停滞している。しかしながら、中国は既に2023年に開催を予定している太平洋地域のオリンピックにあたる「パシフィックゲーム」関連の施設建設、ホニアラの水道整備など無償資金での大規模援助を約束しており、また、コロナウィルス関係でも相当規模の緊急援助を提供している。前述のとおり、民間レベルでは、中国系ビジネスは既にソロモンで大きなプレゼンスを有しているが、今後、政府間での援助と相俟って、民間による投資も急拡大していくと見られる。
反面、中国のプレゼンスの増大については、ソロモンでもこれを強く懸念する声が大きい。この背景も複数の要因があると思われるが、一つには、中国は強権政治の国であり、民主主義、言論の自由といった面でも基本的な価値観を共有していないとの認識がある。因みに、ソロモン人口の95%以上はキリスト教徒であるが、中国国内でキリスト教を含む信教の自由が十分な保障を得られていないことも中国のイメージを損ねている。また、中国は海外での振る舞いも利己的であり、その手法もかなり強硬である、やがてソロモンは、超大国中国の属国に転落してしまうのでないかと心配する声もある。
より直接的な影響としては、当然、経済面での大きな変化である。政府ベースでの援助については、前述のとおり、パシフィックゲームへの支援を皮切りに相当規模かつ多分野での経済協力を拡大していく見通しである。これ以上に急拡大が見込まれるのが民間ベースの投資であろう。ソロモンは必ずしも魅力的な投資案件が多数あるわけではなく、また、土地問題も開発案件の障害となるケースが多い。しかしながら、大小様々な中国企業が商業、資源開発、農業、観光など幅広い分野で積極的な投資案件を手掛けていく可能性は高く、その場合、設備、資機材のみならず、雇用される労働者も中国人となれば、地元に裨益しない開発としてソロモン国民の反発を招きかねない。なお、先住の古い華僑にとっては、中国との国交樹立は、ビザ、送金などの制約が緩和され、また、ビジネス上の支援、保護も期待できるが、多くの在ソロモン華僑は、これまで地道な苦労を重ねてきたとの思いがあり、「新華僑」の進出によって、中国本土から新たな投資は、中国系ビジネスの過当競争、過熱化を助長するのではないかとの懸念の声も聞こえる。
4.わが国とソロモン~現状と見通し
周知のとおり、近年、世界中のあらゆる地域で中国のプレゼンスが圧倒的に大きくなっており、今回の外交関係の樹立により、中国とソロモンとの関係も官民ともに緊密化していくこととなろう。過去40年間、ソロモン側は、ODAをはじめとする日本の支援を高く評価し、わが国は最も信頼できるパートナーであった。今後、中国のプレゼンスがそのような状況下で日本はどのように対応していけば良いのか、大変難しい課題である。
(写真1:ソガバレ首相への離任挨拶)
(1)遺骨収集事業と慰霊団の訪問
周知のとおり、わが国とソロモン諸島とのつながりは、太平洋戦争初期の「ガダルカナル戦」がきっかけであった。同戦役では、約2万人の日本兵が派遣されたが、彼らの大多数が犠牲となり、今日においても遺骨収集事業、また、慰霊団の現地訪問が継続されている。既に戦後75年が経過し、年々遺骨の収集作業、慰霊碑の維持管理も困難になっている。戦跡・慰霊碑に関しては、ソロモン政府は歴史的な遺産、また、観光資源として維持活用していきたいとの方針を有しており、わが国としても、官民の基金を創設する等の方法を通じて、維持管理を側面支援していくことが必要であろう。
(2)日本政府による経済協力(ODA)
ソロモンに対する主要ドナーの援助規模に関しては、年間平均ベースで豪州が200億米ドル弱と突出しており、日本の対ソロモンODAは、金額的な規模から見れば、豪州の十分の一程度であるが、大変評判が良い。わが国ODAの柱は、無償資金協力であるが、過去10年を見ても、首都ホニアラの港湾、マーケット、空港、ククム道路など重要なインフラ整備プロジェクトを対象としており、官民を問わず、日本は自分たちが最もやってほしいプロジェクトに協力してくれるとの評価である。また、現時点で約30名が活動している海外ボランティアも生活条件の厳しい地方へも展開しており、草の根レベルの相互理解を深める上でも大きな役割を果たしている。
今後も各国による援助が望まれる分野は多岐にわたるが、特に、ペットボトル、廃車の処理などのごみ処理を中心とした環境保全対策は早急な具体化が必要である。
(写真2:草の根無償案件の引渡し式で)
わが国にとってソロモンは漁業水産分野における主要なパートナーでもある。過去を遡れば、1960年代後半から日本漁船がソロモン海域においてキハダマグロ、カツオの漁獲を行い、今日においてもソロモンはパプアニューギニアと並んで日本遠洋漁業の主要な海域である。改めて述べるまでもなく、わが国は伝統的な漁業大国であるが、様々な経験・ノウハウをベースとして、ソロモンとの間で本分野での協力を拡大できれば望ましい。
以上の三つの分野での交流・協力関係は引き続き維持していくべきであるが、今後、両国間の間で交流分野の拡大を図っていくことが望ましい。特に、重要と思われるのは、一つには民間投資である。前述の漁業分野では、1970年代初頭に当時の大洋漁業がマグロ缶詰の工場を設立し、ソロモン人の食生活向上、雇用、外貨獲得源としても大きな役割を果たした。容易なことではないが、今後、同様のインパクトを与えうる対ソロモン投資が実現すれば素晴らしい。もう一つは、文化・人的交流の拡大である。ソロモンの文化教育施設、通信インフラは極めて貧弱と言わざるを得ないが、そうしたインフラの整備も含めてわが国が協力し、アニメなどをはじめとする現代文化、日本語の普及、留学生派遣等を通じて草の根レベルでの関係強化を図って行かなければ、将来の日本・ソロモン関係は脆弱なものになりかねず、幅広い関係者による一層の努力が不可欠である。
ソロモンと中国の国交樹立
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