第4回「ハイチ便り」(ハイチの最近の政治情勢)
~ ハイチの政治:新政権発足1年を経て、現政権下の現状と政治的課題について ~
(モイーズ大統領就任式 於国民議会)
2018年2月7日で現ジョヴネル・モイーズ大統領就任から満1年となりました。5年任期、続けての再任不可と規定されている中、5分の1の期間が過ぎたことになります。その間、モイーズ大統領は、就任直後から首相を指名・任命し、新内閣が立ち上がり、大統領自らが優先課題として位置づける農業分野の大規模化と近代化に向けた「変革のキャラバン(Caravan de Changement)」といった施策に乗り出しました。1年たった今、若干の内閣改造を経て現在に至っています。
このように数行で表すと、同プロセスは当たり前で、いとも簡単そうに見えなくもないですが、モイーズ政権はハイチでは通常においてかなり大変なプロセスを比較的早めに大過なく通過したと評価されます。
過去から脈々と続くハイチにおける政治的・行政的な優先課題は、見れば見るほど「政治的安定」と「治安の確保」に尽きます。また、国の発展の前提としては「社会的・経済的な安定」も重要であり、こちらも政治的安定や治安に直結していますが、政治的な安定がなければこれらの改善や発展もままならないことから、ややニワトリと卵的な関係にもありますが、いずれもハイチの安定と発展上の両輪と言えます。
以前のコラムでは主に社会面等を御紹介してきましたが、今回は国の経営の骨格と言える政治面に焦点を当て、以下にハイチが抱える政治体制・特徴や政治的な課題の概略を見ていきたいと思います。
◆政治体制
国の名前からも明らかなとおり、現憲法下においてハイチは、大統領を国家元首とする立憲共和制を採用し、大統領は5年の任期で、連続しての再任は不可とされています。首相は、大統領の指名に基づきますが、議会を前に、同施政方針演説につき上下院による承認を経てきています(施政方針だけでなく内閣のメンバーの承認も対象となっています)。また、2院制の国民議会において、上院は30人の上院議員からなり、6年任期で3分の1ずつ2年毎に改選され、下院は4年の任期で119人の下院議員からなります。このほかに破棄院を頂点とする司法があり、三権分立の体制をとっています。なお、ハイチではそれぞれの体制と機能の維持の面において色々と課題が多く、安定的運営の観点から一筋縄ではいかないことが多いです。
代表的な課題は、一つは後段で取り上げる「選挙」の問題であり、大統領という意味において行政府、上下議員という意味で立法府がいずれも多大な影響を受けます。もう一つは首相の任命にあたっての議会承認(信任)のあり方でしょう。また司法関係者の任命についてもやはり滞ることがあり、三権が全て全面的に機能することは容易なことではありません。
前段で触れた首相の任命については、形式的に議会の承認ということであれば手続き的には簡単なのですが、ハイチではかなり重く、ややこしいプロセスとなっています。行政府として大統領が同チームを編成するにあたり、議会というよりは個々の議員がそれぞれに様々な条件を出し、折り合いがつかなければ首相への承認票が得られないという慣習になっており、幾重にもなる条件闘争へのネゴシエーションが首相を任命してから議会での承認投票までの間に待っています。最近では、前マルテリー大統領による首相指名の際にも、プリヴェール暫定大統領時代にも首相指名は1回では議会承認が通らず、別の候補を指名しなおすというプロセスを経ています。それ故、従来の例では、2月7日の大統領就任から内閣組閣までの期間は数か月もかかることも珍しくはありませんでした。その意味で、今般のモイーズ政権におけるジャック・ギー・ラフォンタン首相の承認が一人目かつ比較的短期間に得られ、発足した(大統領就任から47日)ことは、ある意味画期的でした。これは、2012年の憲法改正によるところがあり、かつ政権与党であるPHTKと同盟関係にある政党が議会において一定のプレゼンスを確保していることから可能となったことであり、引き続き同傾向が維持されれば、一層の政治的安定に資することが想定されます。
このように、あらゆるところに政治的な駆け引きを要するのがハイチにおける政治の現状です。その中には腐敗の温床や腐敗そのものに直結しかねない要素もあることから、これまでの政権でも言われてきてはいますが、現モイーズ政権下においても厳格に腐敗撲滅を進めるとしてきています。
(街中の選挙キャンペーン ポスター モイーズ大統領候補)
ハイチの法体系は、ハイチのフランス植民地からの独立等の歴史的経緯もあり、今から200年以上も前の独立前後の動き等、それらの様々な影響について遡ってみる必要があります。逆に言えば、植民地であったということは独立までは独自の法の整備がなかったということでもあり、かつ世界的にみても近代法の黎明期に法整備を行う必要があったという意味において、色々な意味でチャレンジングであったと思われます。特に時代として、「人権」や「平等」の意味(や対象)が必ずしも現代のそれとは同じでない中において建国と法整備を行ったことからも、その後の法体系と実施体制において多くの課題を内包したものとなったと見受けられます。
憲法は、独立前の1801年のルーヴェルチュール憲法が一つの新しい基準、すなわち奴隷や有色人種の自由と権利の確保を目指したものとして、いわゆる「ハイチ革命」の要素として注目されます。また、独立後も、そのときの為政者により修正を行ってきており、社会の発展と共に必要なものを合わせたとしても23回を数えますが、中でも1987年憲法がそれまでのデュバリエ父子独裁政権時代の頸木への決別の象徴となる国民投票による共和憲法として重要な位置づけになるでしょう。その後の修正は、直近の2012年にマルテリー大統領の下で実施された(1987年憲法では大統領の指名した首相候補は議会の承認を要するとしていた部分の廃止等(137条))のを最後に、今も新しい憲法に向けての委員会が設置されている等、次なる変化に向けて動いています。
民法についても、時代を反映して1804年のナポレオン法典の多大な影響を受けているとされますが、一方でハイチ独自のものへと修正をしながら導入されてきました。
法体系との関係においては、近代国家の基本である「法の支配」、司法体制の確立そして治安や警察体制など多くの要素と密接に関係していますが、長い歴史の中で政治的不安定等に起因して体制の確立が未だ不足している面、ルールの遵守よりも自己防衛が先に立つ環境で身についたメンタリティ等克服すべき課題は少なくありません。
このほか、ハイチでは、長引く議会の機能不全等もあり、国内法の整備・近代化、そして国際社会において採択・署名された各種協定についての批准作業(議会承認)等が大きく滞っていることなども問題になっています。これらについても新政権下において、遅れを取り戻すべく順次作業が行われています。
(選挙公報パネル みんなで投票しよう)
ハイチでは、通常の場合において「選挙」は鬼門です。選挙における対抗陣営同士の競争が、人々の対立を作り、煽り、衝突し、破壊と社会的分断をもたらすことが多いからです。これは、ある意味より本能的・本質的に政治的な人々だからかも知れませんし、生活から野心まで色々な思惑がかかっている位政治というシステムにのめり込んでいるのかも知れません。支持者は、その後の利益を見据えて必死で応援するため、絶対に負けられない、負けたら終わりといった様相の陣営が本気であらゆる手を尽くそうとするため、どこまでが不正なのかも解らないこともありそうです。当然、選挙の開票結果をそのまま一回で納得することもまずありません。劣勢になった方は、必ず優勢の方が不正をしたと唱え、やり直しを主張します。
これまでの選挙においてもこうした不正・やり直しの主張は幾度となく繰り返され、2015年の大統領選挙第一回投票では欧州連合(EU)と米州機構(OAS)およびその他の選挙監視もあり、調査の上で不正は無かったとされたにも関わらず、敗北が濃厚となった野党が連合を組み、選挙の無効を唱え、大規模なデモにも発展し、その後の治安との関係に配慮したとしてやり直しまで持ち込んだケースもありました。2016年の再選挙でも同様に不満は唱えられましたが、得票一位となったジョヴネル・モイーズ候補が勝利し、なんとか就任までこぎ着けました。
また、上院議員の選挙に至っては、何度も開催されずに推移したため、期限どおりに3分の1ずつの改選がなされずにとうとう議決に必要な定数割れになり議会が機能停止する等の事態に陥ったこともあります。
このように選挙の実施自体にも課題があり、かつ実施したとしてもその結果が素直に受け入れられないことがあるという極めて政治体制上厳しい環境が継続してきました。目下これを如何に安定的に実施するのかといった視点からの議論がなされており、臨時選挙管理委員会(CEP)から常設選挙管理委員会へと移行するべく検討が進められ、選挙のあり方についても今後の検討課題とされています。
これ以外にも選挙といった膨大なロジスティクス運営の困難な問題も無視できません。費用の問題もその上にのしかかります。先ず、全国規模で選挙、投票を実施するための準備、関係者のトレーニングを行う人へのトレーニング、実際の投票・集計用紙の配布・回収作業等を始め、業務量は計り知れません。山岳部や沿岸部等、投票所への道がなかったり、また平坦とは限らないハイチにおいて、ほぼ同時に投票用紙を配布し、選挙実施妨害に遭わないように警備を付けて管理し、強奪・焼却されないように速やかに回収・集計することには多くの人員と労力を要します。
前回の大統領選挙では、国連開発計画(UNDP)が臨時選挙管理委員会(CEP)を支援し、多くの技術的な支援やトレーニング等を行ったほか、国連ハイチ安定化ミッション(MINUSTAH)等のバックアップにより警護と投票用紙等の配布・回収等の運搬機能が担保され、この膨大な選挙という一行事を無事に終了することができたと見られます。このように、誰がやっても不正の根拠にされかねない趣の中、中立的に作業を行うことを確保すること自体が一つの気遣いということになります。
なお、名誉のために言えば、選挙監視人(オブザーバー)の目で複数の投票所を直接見たところでは、極めて厳格に丁寧に行われており、不正を感じさせるものではありませんでした。また、透明性を確保するために各政党から投票所に政党代理人(マンダテール)を置くことができる仕組みとなっており、開票作業に当たる者は、記入済み投票用紙を一枚一枚、表面の写真入り記入か所のどこに「×」がついているか、そして裏面には投票所責任者・副責任者の署名が入っているかをマンダテールに見せながら集計作業を行い、一つ一つカウントし、最後に数字を書き込む等、誠意を持って作業に当たっていることを確認しました。一部の投票所で不正があったり、未熟な記載ミス等は起こり得るのでしょうけれども、正しく実施していることも一方で事実であり、全体として管理能力は高まっていると言えます。今後、より合理的な選挙の実施と運営に向けての各種調整に期待が寄せられます。
(投票箱 大統領 上院議員)
ハイチでは、政治的安定と並び「治安の確保」も重要な要素となっています。それらはそれぞれに重要な要素なだけでなく、密接に関係している面もあるからなおさらです。
ともすれば選挙や与野党間闘争における示威行為(デモ)が興奮状態となり暴徒化することが起こり、特に社会経済上の不満を有する市民を煽って動員する等社会の不安定を助長しています。
また、長い年月の間に生産手段を失った農民を始め、都市部には複数のスラム街が形成されており、犯罪組織の巣窟となり、警察すらも恐れるギャング団を形成しています。
彼ら同士での権力・縄張り争いでの銃撃戦にはじまり、スラムから周辺地域に進出しての強盗その他の犯罪活動を行い、さらには邪魔者を消すような暗殺行為も行われています。
政治的に無縁でもないこの治安の問題は、その前にも例がありますが、2004年にも国連PKOの派遣を要する状況となり、以降2017年までの13年間に渡り国連ハイチ安定化ミッション(MINUSTAH)が派遣され、長い年月にわたり治安維持及びハイチ国家警察(PNH)の増強プログラムを支援してきました。その後、一定の効果が得られたとして2017年10月に同ミッションを終了し、やや任務を変えた国連ハイチ司法支援ミッション(MINUJUSTH)への派遣につながりました。なお、MINUSTAHは、先に述べた選挙といったハイチにおける混乱要因を安定的に実施する上でも国連開発計画(UNDP)ほかと密接に連携してこれらの実施をバックアップして来ました。
MINUSTAHとMINUJUSTHの大きな違いは、治安関係で対処する能力としての国連の軍部門の有無でしょう。すなわち、暴動等について警察力でコントロール可能か否かの水準に関し、軍の兵士がバックアップするかどうかの必要性の有無が一つのメルクマールであり、現状では、警察力によってほぼ管理が可能という風に理解することができるということになります。
スラムにおけるギャング対策、市内のパトロール等による治安確保、そして大きな課題となっている留置場や刑務所等の司法面でのインフラ・組織両面での改善、司法・裁判手続きの改善等、社会面、経済面での底上げと同時に対処しながら全体としての治安面の改善に向けて努力が払われているところです。
◆当面の政治的課題
これまで記述したように、目下のハイチで重要なのは、現政権下において如何に不安定な内政状況を安定的に運用し、現政権自体の維持を確保し、今後予定される選挙を安定的に運用し、野党勢力を含め治安混乱要因を管理していくかということが最優先であると見られます。
また、国家財政の健全化は、国際機関を始めとするドナーからの融資を受ける上で前提となります。これまで補助金で緩和していた燃料(ガソリン等)や電力等の価格についても改善が求められており、如何に社会的不安に直結しないように上手く対処できるかが重要な課題となります。
国民の社会生活確保・基礎インフラの整備も急務になっています。経済活動を刺激し、食料自給を確保し、輸出商品を増やす等多くの課題に積極的に取り組み、ハイチを国内外から住みやすく、ビジネスがしやすく、観光地として成功するべく取り組みを継続しています。
同時に、外交面では、国内努力を支持・支援してもらう意味においても、カリブ海諸国との関係や近隣国である米国・カナダや欧州、フランス等との関係を適正に保ち、移民問題や密輸問題等に対処し、特に隣国ドミニカ共和国との間での国境問題やハイチ人の帰属・帰還問題等に適正に対処していく必要があります。
一方で、国連PKOを始め、諸外国に頼りすぎない自立性を担保するために、ハイチ国軍の再編を強化し、一方で国際世論にも配慮して、戦闘的な要素ではなく輸送・医療・施設部隊を中心に整備を進めるとしています。
さらには、時として容赦なくハイチを襲う震災や、より頻度の多いハリケーン、そしてそれまでに至らない集中豪雨等による浸水・洪水・浸食(地滑り)等への対処の防災面も避けては通れません。
このように、課題が山積な中、新政権は体制の強化、インフラの整備、国際協力関係の見直し等多くに積極的に取り組んでいます。
(※2018年時点での執筆記事)
(※写真は全て筆者が撮影)
(※本コラムの内容は、筆者の個人的見解であり所属する機関の公式見解にはあたりません。)
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