一般財団法人 国際協力推進協会
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第6回「ハイチ便り」:ハイチの経済社会情勢 ~その1-1(現状と課題:「総論」)~


  ~ 現政権の掲げる経済社会分野における諸政策と課題について ~

寄稿:元在ハイチ日本国大使 八田 善明

◆概観

 今回は、ハイチにおける経済社会情勢について掘り下げてみたいと思います。ハイチは、どうしてもメディア等から得られる情報などから「西半球の最貧国」と言われるように、確かに開発経済的な要素が山積な状況にありますが、実際に国として経済的にみてどのような規模や特色があるのか、そして具体的にどのような課題があるのか、そうした視点で見てみたいと思います。

 本編は、後日に触れる開発協力の課題と現状に密接に関係してくるトピックになり、広がりのある分野になりますので、今回は先ず「総論」として、主に財政面や産業面を中心に触れ、次回のコラムにおいて、社会面やセクター別の個別具体的な例について少し詳しめに触れたいと思います。


(ハイチが置かれた厳しい状況)
 既に以前のコラムで触れている点もありますが、2010年1月の大地震における被害は額にして前年のGDPの120%とも言われ、さらに復興期間という停滞を経験した上に、長期にわたり議会選挙の停滞・実施不能や大統領選挙等のプロセスを含む政治的な不安定を経て、通貨グルドの対ドルレートが大幅に下落し(2015年1月時点で$1=約45グルドが、2018年1月時点で約65グルドと約30%の下落幅となっています)、重ねてインフレ率も連続して年十数%で推移する等、国内経済的にも市民生活的にも極めて厳しい状況が継続しています。

 加えて、2016年11月には大型ハリケーン・マシューの襲来により南部穀倉地帯への大打撃、各種インフラの損壊、個人家屋・財産への打撃を受ける等、それまでに投入された努力と金額に比べて全体としてのパフォーマンスの改善に結びつかないというジレンマが継続しています。

 国内における多くの課題については、何をしたら良いのか頭で解っていても絶対的に予算が足りず、改善と悪化の天秤の上でなんらかのブレークスルーを求めて必死の努力が継続されているとも言えます。


◆経済規模と国家財政

 経済規模的に見た場合、GDPでは約80億ドル(2016年:日本は49,490億ドル)、国家予算規模では18億米国ドル(日本は19,900億米国ドル)となっています。歳入は、国際機関や二国間による財政支援、有償資金協力や無償資金協力を除けば、直接・間接税及び関税収入が国内における収入の殆どとなります。前政権時代にはベネズエラとの関係でペトロカリベ基金(現物で石油の提供(融資)を受け、同国内販売益の一部を国家予算に活用)の恩恵がありましたが、(同債務の返済は残るものの)同恩恵は現政権では実質なくなっています(一部復活するとの話も最近でています)。


(歳入(収入)面)
 外部資金に頼らず、重要な財源を国内的に担保する上では、徴税等が十分に機能するよう、さらなる制度整備や徴税の徹底等現実的なアプローチが必要となります。現状でも、着手できるところから各種税率の見直し、輸入品目について関税率の見直しや、各種行政手数料の値上げ等が検討されています。

 なお、税収を増加させる上で、経済を活性化させることが重要な特効薬であることはハイチも同じです。農業生産を増強し、輸出作物を強化し、投資環境を整備して直接投資を呼び込むべく各種政策がとられています。投資局や観光局も各政権が必ず力を入れてきています。

第6回「ハイチ便り」
(観光資源の例 ジャクメルの海)


(支出面)
 一方で、健全な財政を確保するためには、収入面はもとより支出面での引き締めもまだまだ余地がありそうです。将来的な債務返済の圧縮や、ハイチ電力(EDH)への補助金、石油関連製品(ガソリン・軽油ほか)に対する補助金等の段階的合理化等の圧縮・削減努力も必要とされています。

 なお、身近なところでは、様々な公共サービスやこれに準じたもの(例えば電気、水、ゴミ収集その他)の運営についても、その継続性を担保する使用料金の徴収自体が、制度的にも徴収の徹底の面でもまだまだ不完全ですので、こういったサービスが定着し、拡大し、機能させていく上でも引き続き大きな努力が必要そうです。

(海外からの送金/仕送り)
 ハイチにおいて、国内消費や国内総生産との関係、ひいては国内経済上大きく影響があるのが、国外在住のハイチ系移民(ディアスポラ)からの送金(仕送り)です。ハイチは様々な局面で海外移住の移民を送り出し、最近におけるその主要な渡航先は、米国、カナダ、フランス、ドミニカ共和国、チリ等となっていますが、それらの移民からハイチ本国の家族等への送金の合計額は、2017年の推定値では2,772百万ドルと、実にハイチのGDPの約1/3(約34%)にものぼり、人々の生活と経済を支えていると言っても過言ではありません。


◆人口

 日本とは真逆の意味において、人口は、ハイチにおける課題の一つと考えられます。2017年の総人口はおよそ1,098万人となっていますが、2010年の大震災前に1,000万人未満であったことを踏まえると既に100万人増加していることになります。また、震災で30万人亡くなられたことを考慮に入れると、さらに大きな増加率となります。別途お伝えしていく当地の諸々の課題との関係でみれば、この増加率は教育、医療、その他インフラや行政サービスの供給の強化・改善を遙かに上回ることになり、大きな課題を抱えていることが見て取れるかと思います。

 政府としても人口問題を課題として捉えられているほか、国際機関等も協力して取り組むべき課題と位置づけ、様々な活動をしてきています。なお、一朝一夕に変わるものでもなく、引き続き粘り強く継続して取り組む必要がありそうです。


◆経済(商業・産業的側面)

 経済・産業的な側面における一般的な課題としては、①人々が各種の生産や経済活動を展開していく上で必要な、投資・経済環境やインフラの未整備とこれらを支えるべき各種行政サービスや制度の不足、②貿易収支やマクロ経済レベルでの状況改善、③環境や防災・災害対策等の分野での脆弱性、④市民生活と経済活動上のルールや正義、権利を守るための法の支配・司法制度の整備状況・担保機能(人員・インフラ)の不足といった課題が連なっています。

 そうした中にも、国内の富裕層をターゲットにした経済や、近隣諸国の市場を前提とした農業や産業も存在し、さらに輸出振興、観光分野の促進そして直接投資の呼び込みといった、ハイチ経済を牽引していく要素も一定程度存在しています。しかしながら、国全体としての牽引車として経済的離陸に向かうためには、さらに一段高めていく必要がありそうです。

 国内産業的には、一般的な経済発展段階モデルで言えば、農業と家内制手工業(アルティザナル)+工場制手工業(軽工業)といった段階にあり、これらの分野における比較優位(地理的優位性・労働賃金水準等)から国外からの進出等もみられます。

 より一層の活性化と海外資本の進出を見込むためには、これを支えるインフラやサービス(電力の安定供給、水の安定供給、輸送網、各種法令や制度(土地取得やリース、法人設立、税制、優遇措置等)、関連省庁窓口の提供する行政サービス、輸出入手続きの迅速化等)の担保・強化が重要になってきます。

 このように、ハイチではビジネスのしやすさといった意味において一般的には世界ランキング等で見ても高くはありません(世銀Doing Business他)が、投資局が各種努力を継続しインセンティブを設定しているほか、プライベート・セクターにおいて機能している分野もあり、例えば携帯電話の普及率は高く、インターネットへの接続も確保されている等、生活やビジネスにおいてプラスの面もあります。

(工業団地)
 現時点で全国的に確保するのが困難なインフラについては、既に工業団地等が各地に整備・展開され、首都圏のソナピ(SONAPI:工業団地公社)、北部のカラコル工業団地(PIC:カラコル工業団地:SONAPIが経営)、首都圏に近く港も擁する開発中のラフィトー(Lafiteau)工業団地等があり、それぞれにインフラやサービス(例:24時間の電力供給、上下水道、ゴミ収集等)を整備・提供して、企業は生産・販売面に比較的集中できるような工夫等もされています。

 これら工業団地では主に軽工業が営まれ、主に欧米のアパレル系企業等の生産下請けとして、米国等の大きな市場向けに有名ブランド等の製品を製造し輸出しています。

 ひとたび国内における各種インフラ整備が進めば、こうした工業団地だけでなく国内的により大きな規模で直接投資を見込めるとして、政府としてはこれを後押しすべく努力を進めています。

第6回「ハイチ便り」
(ラフィトー港及び工業団地)


(その他の輸出可能品目)
 ハイチは、農業ではまださらに改善余地はあるとしても輸出作物もあり、今後の改善に向けて各種施策がとられています。一方で、その約1,700キロの海岸線や湖等も含めて漁業資源のポテンシャルは、一部養殖等が徐々に進んでいる面もありますが、全体としては、現状では近代的な漁業の普及に至っていないことから同開発状況は限定的に留まります。

 ハイチはことさら資源国とは見られていませんが、金鉱山を北部に持ち、現在における採算は別として、ゴナイーヴの近くでは銅、ニップ県ではボーキサイト(アルミニウムの原料)が過去に採掘されていた例があります。そのほか石灰岩・良質な炭酸カルシウムや大理石を産出します。

第6回「ハイチ便り」
(ミラゴアンヌの昔のボーキサイト積出港)


◆ハイチ政府の開発計画

 上述の経済状況やインフラ・社会サービスの状況を踏まえて、ハイチ国内でも、例えば前政権時代には2030年を見据えた国家開発戦略が策定されており、現モイーズ政権下でも精力的に「変革のキャラバン」による農業その他の改善努力と共に7つの優先課題が発表されるに至っています。

 なお、その範囲は極めて多岐に渡り、かつ規模も大きいため、ただでさえ生活環境等において厳しい中、ハイチ国民の理解と協力も得ながら推進していく必要があります。また、全体として持続可能性をも考慮に入れる必要があるなど高度のマネージメントが要求される状況下にあると言えます。

 さらには、別の機会に詳しく触れますが、これだけの課題を推進していくためにはやはり国際的な支援や投資は不可欠であると言えます。国内的な努力と国際的な様々な支援、これらを効果的に結果がでるように着実に組み上げていく必要があります。

(ハイチ開発戦略計画:PSDH)
 ハイチ政府は、これまでも国家戦略として各種開発計画を策定してきています。比較的直近における統合的な開発計画は、2012年4月、マルテリー政権下に策定された「ハイチ開発戦略計画(PSDH: Plan Stratégique de Développement d'Haïti)」になり、2030年までに新興国入りをするといったビジョンが示されています。

第6回「ハイチ便り」
(PSDH ハイチ開発戦略計画)


   同戦略は、2010年1月にハイチを襲った大震災の後に策定された「ハイチの復興と開発のための行動計画(Plan d'action pour le relèvement et le développement d'Haïti)を踏まえつつ、かねてから時折ハイチのコンテクストで出てくる「再建(Refondation)」を意識して統合的に策定されたものです。単に復興の場合には(Reconstruction)となりますが、それまでの機能しなかった分野等も含めて2030年までに新興国水準に離陸するための指針として纏められたということになります。そのため、要素としてはほぼ全域をカバーしていると言えるでしょう。

 ①環境・治水・輸送網等の国土的な再建、②農業・漁業・産業・観光等の経済的な再建、③教育・医療・文化・社会保障等の社会的な再建そして④法的枠組・民主的機能・中央政府の近代化・地方行政の近代化・地方分権等の組織的再建につき詳細にブレークダウンし、経済活性化による雇用の改善、人口増加の抑制、環境配慮、地方分権・分散化、法治国家の強化等を進めるとしました。

 設計図はこうしてできあがりましたが、長引く政治的不安定、選挙による混乱、大型ハリケーンのマシューの襲来による南部穀倉地帯の壊滅的打撃により大きく遅延し、かつ優先課題の南部への振り向け等を余儀なくされました。

(モイーズ政権の7つの優先分野)
 モイーズ大統領が就任してから1年ほど経過したところで、改めてモイーズ=ラフォンタン体制の優先課題として7項目が発表され、援助国を含めて同優先課題に注力することとされました。

 同7項目は、①国内の改革を進め、政治的・社会的安定を維持する、②ハイチを投資先に変貌させる、③農業生産を増大させ、環境を改善する、④エネルギー・道路及び港湾インフラの整備、⑤水及び衛生インフラの強化、⑥インフラを改善し、教育の質を上げる、⑦社会分野でのプログラムを通じて安定を確保する、となっています。

 なお、本原稿執筆中にも財政健全化に向けて石油関連製品の値上げ(結果的に中止)をめぐり、反対運動が激化し、街中で略奪や破壊行為が広がり、その結果ラフォンタン首相は同値上げの中止を伝えると共に、巻き起こした混乱等の理由によりラフォンタン内閣の辞職が決まりました。今後、引き続き政権の運営も平坦ではない中、国民の目線や不満にも留意しながら各種改善努力を推進していくものと期待されます。


(※2018年時点での執筆記事)
(※写真は全て筆者が撮影)
(※本コラムの内容は、筆者の個人的見解であり、所属する機関の公式見解ではありません。)



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