第10回「ハイチ便り」:ハイチと日本(前半)
~ 日本とハイチの関係について(主に経済協力を中心に) ~
日本とハイチの関係は、直近では1956年4月(今から63年前)の外交関係の再開まで遡り、大使館の設置(日本の臨時代理大使の派遣:1975年)から44年を迎えています。
その間、日本とハイチは、多くの共通の価値観と世界的視野を共有し、政治的な対立や懸案事項のない良好な二国間関係を築き上げてきました。
私自身は、2019年の年初をもってハイチから離任しましたが、赴任していた3年と3か月余り、そしてそれまでの脈々と継続してきた日・ハイチ関係、そして引き続き継続している良好な関係について、主に政府間における関わりについて概観しようと思います。なお、政府間の色々な活動として、二国間の外交・政治関係、要人往来、経済関係、人的・学術交流としての国費留学生事業や、日本理解促進のための文化紹介事業、日本食や日本酒・日本ワインの発信等をはじめ様々な活動を行っていますが、今回は「経済協力」についてやや詳し目に取り上げたいと思います。
1.経済協力(総論)
現在、日本とハイチ間において最も活発に実施されている活動の一つは、政府開発援助(いわゆるODA)です。これまで、幾つかの回に分けて触れてきたとおり、ハイチはその政治・経済・社会のいずれの分野においてもそれぞれの機能の維持と発展に向けたニーズが大きく、全てを自力のみで行うことはあまり合理的ではありません。どこかで経済・社会的な負のスパイラルから、正のスパイラルへの転換点にたどり着くべく、そこまで至る期間を少しでも最短化することに資するべく、国連、世銀、IMF、IDB、米州機構や、その他の多くの国際機関、外交団(伝統的にバチカンを外交団長とし、米国、カナダやフランスその他の欧州諸国、中南米諸国をはじめとする各国)からの様々な規模による支援・援助・協力が実施されています。そういった環境下、日本も幾つかの中心課題、協力方針を定めて、着実に両国間の協力関係を維持・発展させてきています。
なお、日本と様々な国との間におけるいわゆる「経済協力」関係については、その歴史も長くなり多くの方々がその意義や意味について理解を深めていると思いますが、方法論にはじまりポジティブ・ネガティブの両方を含め様々な見方があるのも事実かと思います。ここで簡単に総論的に整理してみますと、経済協力は、国としての外交関係推進の一環として、より良好な関係を相手国と構築するためのものでもありますし、地球規模で物事をみた場合、様々なプラスの要素(経済・貿易・産業)やマイナスの要素(環境・疾病・人権・紛争等)をより良い形でシェアないし低減するために協力することが先進国・発展途上国の双方にとって重要である、時として責務であるとの考え方も基底にあるものと思います。既に国際的にもこの協力のあり方については一定のルールが確立しており、日本でも考え方・方針から協力実施体制まで確立したものがあり、その中で実際に企画立案されて体系的に実施されてきています。
なお、「なぜ」経済協力をするのか、あるいは「してくれるのか」といった疑問や、具体的な質問に接する機会は現場においても意外とあります(現地で学校などを訪問すると、子供や学生などから、こうした質問に接することが多々あります。)。非常に素朴ですが根本的な質問ですし、おそらく関わっている当事者においても答えは千差万別なのではないかと思います。例えば、①そこに困っている・必要とされている状況があるから何かをしてあげたい、という人間として当然であるという基本的感覚によるもの、②国と国の関係、特に経済的・技術的にその能力がある国が支援・協力するのは地球規模でのリソースの適正配分の観点から当然であるという見方、③前述の②をより詰めて、国際社会として地球規模で物事を捉え、その責務を果たすことが一定の常識であるという見方、④より戦略的に、二国間関係における外交的ツールであるとの見方など、色々かと思います。
上述のいずれの要素もあると思いますが、逆のとらえ方として、二国間関係が成立している場合(外交関係がある場合)であって、かつそれを実施するだけのポテンシャルを有している場合に、果たして経済協力を「しない」という選択肢はあるのでしょうか。結論からすれば、現在の国際社会においてそういう選択肢はまず考えられないと言えます。なんらかの協力をし得るポテンシャルを有する国が、なにも「しない」ということは、それだけで大きなネガティブなメッセージを持ち得ます。そしてそれは二国間関係において対当事国との問題だけでなく、その国に直接関わっている現地レベルでの外交団コミュニティ、そしてさらに大きくは、同国に関わっている各種国連専門機関や国際連合等の国際コミュニティそのもの等との関係でも著しくネガティブな「意味」を持ち得ます。そういう視点で見た場合には、日本における経済協力というマクロな課題というのは、もはやお友達同士で、気に入ったからあげる、言うことを聞いてくれないならあげない、というような局所的かつ利己的な単純モデルで片付くようなものではないことがお解りいただけるのではないかと思います。
このように、「世界的な常識と果たすべき役割と責務の中で、日本としてその体力・経済力・技術的蓄積に応じて、相手国との良好な関係を踏まえつつ、日々現場ではより良い国造りについて一緒になって考え、行動している」というのが、日本の経済協力という一つの外交的側面であり機能ではないかと思います。
総論はこの位にして、各論(ハイチでのケース)に入りたいと思います。
2.各論
(1)国別開発協力方針(Country Assistance Policy for the Development of Haiti )
【国別開発協力方針とは】
国(政府)として実施する経済協力の内容(協力対象等)は、散発的に実施しても中長期的な効果、政策や経済協力コミュニティ全体との整合性や連携の点において望ましくないといえます。そのため、ハイチの場合においても、①ハイチとハイチ政府自身のニーズと政策目標に合致していること、②日本の援助の枠組み・方法・方針に合致し、かつ③投入したリソースに対して効果が合理的に得られることが見込まれる分野であること等を基本として、中長期の方針が定められた上で各種協力が実施されています。
この基本方針は、最近では「国別開発協力方針」に纏められており、概ね個別具体的な協力プロジェクトやプログラム等はこれに沿って実施されています(国別開発協力方針の別紙にあたる「事業展開計画」に具体的なプロジェクト及びプログラムが年度を通じてどのように実施されていくのかが示されています)。
【対ハイチ国別開発協力方針】
直近の国別開発協力方針を見てみると、平成29年9月に最新のものが策定され、目下これに基づいて各種協力案件が実施されています。それ以前は、平成24年4月に策定された「国別援助方針」(現在の「国別開発協力方針」にあたる)に準拠してきていました。ここ最近の2つの国別援助(開発協力)方針を見てみると、先ず"基本方針"である、その「大目標」において、平成24年のそれが、"大震災からの復興と基礎社会サービスの確立"とあったのが、同29年の方では"基礎社会サービスの確立による社会基盤体制の強化"に変更され、2010年(平成22年)1月に発生したハイチ大地震からの復興期をカバーした5年間から、中長期の開発フェーズへと軸足を移していくことが見て取れると思います。
また、大目標下の重点項目に位置づけられる「中目標」レベルでは、平成24年には①保健・衛生環境の改善、②教育振興が据えられていたのに対し、平成29年では、①保健・衛生環境の改善と、②教育振興は継続目標とされたほか、③農業振興と食料安全保障の強化が改めて確認され、また、④防災・環境保全による経済基盤の強化が加わりました。
丁度、私自身がハイチに赴任していたのが、平成27年から31年にかけてなので、上述の2つの中長期方針にまたがって協力方針を担い、実施したことになります。その間において一番留意したのが、全ての前提となる現状認識として、ハイチは、震災の「復興期」にあるのか、それを一定程度終えて中長期の開発推進フェーズに移っているのかの見極めでした。
ハイチにおける政治的状況、治安状況、インフラその他を総合的に見極めつつ、基礎的な行政サービスの質的向上をベースにしながらも、より現実的な過程を経ながら自己採算財政と経済に近づいていくためには、経済活動の基礎的部分への体力作りと環境改善も重要かつ不可欠です。復興期における基礎インフラや基礎的社会サービスの復旧に向けた需要と、それ以降に求められる国造りの基礎体力に向けた需要は、緊急度や内容において異なる面も多々あります。スムーズにかつグラデーションをもって軸足を移行していくことが重要であり、この点に最大限留意して平成29年の方針策定にも関わりました。
私がハイチに着任した平成27年(震災から5年半経過)以降、世の中では「震災からの復興に遅れが見られるハイチ」との枕詞つきの報道が引き続き主流であった中、現地に赴任してしばらく経って状況に慣れた私には、やや違和感を覚えるラベリングに見受けられました。それは、一定程度の復興フェーズが達成された後には、復興支援一辺倒では真に立ち直れないのではないかということ、それ以降の目指すべき発展の軌道に乗れないのではないかと思えたことによります。
そのほか、基本方針として、「選択と集中」にもつながりますが、私自身も従来から日本としてそれぞれの任国での実施体制やリソースの規模、そして伝統的に強みとみられる分野や経験、政治的な側面も総合的に勘案して方針を策定してきました。案件の実施という現実的な側面からも、大使館(やJICA事務所)の所在地からのアクセスは極めて重要であり、日本の実施するプロジェクトの多くは、首都圏から片道3時間程度、すなわち無理なく日帰りができる圏内となる、西県、南東県、中央県、アルティボニット県及びニップ県に集中しています。なお、それ以遠についても重要な案件自体はあります。これらを取りこぼさないように配慮しつつ、例えば、防災面などでは国際機関やNGOとの連携なども活用して実施してきています。
【国際的な取り組みとの親和性】
日本の協力分野の多くは、国連における各種目標と極めて親和的であることが挙げられます。現在進行中のSDGsにおいて多くの国々で引き続き課題となっている諸問題への処方箋として掲げられている多くの目標分野について、ハイチにおいても共通の課題として深く連携・共有されています。ハイチにおける日本の開発協力方針もその多くが同目標と重なっており、これらは二国間協力として単体で実施されているものもあれば、国連専門機関等との連携による活動など、様々な態様により推進されています。
以下に具体的分野における筆者が実際に居合わせることができた活動や直接関わって育ててきた協力関係など、それぞれの状況について代表例を交えつつ御紹介してみたいと思います。
(2)個別分野
保健・衛生分野は、容易に想像がつくと思われますが、ハイチにおいて極めてニーズが高い分野であると共に、協力という形で関わる側にとって極めて関わりがいのあると同時に、極めてチャレンジングな分野であると思われます。乳幼児死亡率等も含む母子保健、各種下痢性疾病や蚊が媒介する各種感染病、結核などをはじめ、基礎的な面でも引き続き多くの課題があるのがハイチです。医療と一言で言っても、病院・保健所等の建物・診察室・入院施設等の「インフラ」、検査・治療・手術等に係る各種の「機器」、消耗品や各種医薬品、これらを用いて適切に治療・施術できる専門医、一般医、そしてこれを支える看護師や関連の職員だけが課題なわけではなく、なぜトイレを設置することが大事なのか、手を洗うことが疾病予防上有効なのか等の基礎的知識を得られる「教育」「啓蒙」の場が十分でないこと、そもそも健康の大前提である「衛生的な水」へのアクセスが不十分であること(煮沸することの意義等の知識も含め)、道路が十分に整備されていないから救急車が通れない僻地が多いことなどその周縁部分も含めた全体的なアプローチが不可欠であることが、一体として「課題」となっています。それは病院といった建物だけの問題でも、救急車が少ないといった物理的な問題だけでもなく、不足する人材、そしてこれを支える行政システム、そして現有の医療関係者に行き渡らないことも多い給与の財源の問題等の全ての総和の問題となっています。
どのような協力国であっても、この総合的な課題に1か国で対抗していくことはほぼ不可能であり、その一部を協力し担うことにより軽減できた部分をもって、政府として総合的に優先的課題から地道に対処していくことが期待されているといえるでしょう。
(ジャクメル市のサン・ミシェル病院 建築中のプロジェクト・パネル)
私がハイチに赴任した頃は、丁度復興支援の一環として、首都ポルトープランスから概ね車で3時間ほどかけて峠を越えて南下した南東県における県病院であるジャクメル市(Jacmel)のサン・ミシェル病院(Hôpital Saint Michel)の再建プロジェクトが無事に竣工するタイミングに当たりました。同病院は、県病院として、下位病院・保健センター等から上がってくるより複雑で高度な医療を必要とする病人や怪我人を受け入れる機能、県内での全体の医療体制や人材能力を高める機能が期待される拠点病院であるだけに、同機能の再建は急務として、日本政府とカナダ赤十字・米国赤十字等の出資により再建がなされた経緯があります。
(サン・ミシェル病院 構造下の免震装置)
(サン・ミシェル病院 丈夫な柱と梁)
2016年9月に実施された同開所式典には、カナダ大使とカナダ赤十字社ハイチ代表、米国赤十字社代表、ハイチ赤十字社代表、大統領夫人、保健・人口大臣と一緒に臨む光栄な機会を得ました。日本の資金・技術が活用され、かつジャクメル市民の方々も建築現場補助員として積極的に関わりできあがった建物は、かなり立派なものであり、その使命を全うして最大限に活用されることを何よりも願う機会となりました。そして、南東県やハイチ国から同分野における協力に対して、日本政府と日本国民の理解と協力に対して深淵なる謝意が表明されました。
なお、当然のことながら、病院(入れ物)だけでは十分な医療は期待できません。適切な医師、看護師、職員もいて初めて期待される機能が果たせるわけですが、幸いJICAが実施している専門家制度による技術協力の継続的な実施が担保されてきており、ハイチにおける省レベルでの保健行政・体制作りにはじまり、ジャクメル病院の運営や体制、母子保健分野における直接的な指導、プログラムに連携した形での日本へのJICA研修生の派遣、そして(個人的にも嬉しいことに)私自身が前から知っているモロッコでの母子保健の権威である教授のハイチへの派遣(三角協力による支援)が実施されて来ています。
このように、日本としての強みを生かせる、かつ有機的・総合的にアプローチできることは極めて有効かつ理想的な協力のあり方であると考えます。
なお、実際には、ほぼ誰もが(どの国も)関わることの多い医療・保健分野であること、同時に、その一方で、安全「感覚」や医療等ほどお国柄や考え方(時として哲学に近い場合も)の相違も出やすい分野も少なくなく、様々な国々との協力関係を有する故に、共有できる面と同時に異なる面を持ったアプローチに対処していくことが必然となる等、ハイチ側の協力体制のあり方など細かい点では色々と課題もあるといえます。だからこそ、中長期的な視点にたって継続的に、かつ拠点的に関わっていくことが重要であるとの思いは、ハイチにおいてもますます明確に意識せざるを得ないものでした。
その意味において、「継続は力なり」の開発協力版として、日本のモロッコにおける母子保健分野で確立してきた実績が、仏語圏としての横のつながりにおける協力関係に応用され、いわゆる三角協力としてハイチにおいても花開くことを可能にしたこと、すなわち、この「点」と「点」をそれぞれ育て、さらに結びつけることに積極的に関わったJICAとJICA専門家の方の存在と御努力、実績は大きいと思います。
この拠点となるべきジャクメル病院においては、次の世代の専門家の方がその体制作り・運用面も含めて、一つのモデルケースを育てながら保健行政に広く関わっていただいて日本の協力の継続性を維持していただきました。今後も、同病院と日・ハイチ協力のアセットが、同分野におけるベスト・プラクティスとなること、そしてハイチ保健行政における今後の益々の維持・発展を祈念する次第です。
(橋梁掛け替えプロジェクト 新線橋梁側の全景図)
復興支援の一環として既に日・ハイチ間では署名がなされていたけれどもなかなか実際の建築に進まなかった案件に、増大するニーズと老朽化の危険性故に早急な安全化が望まれた案件であった、クロワ・デ・ミッション(Croix des Missions)橋梁等(2つの橋梁)の掛け替え(老朽化した鋼橋を丈夫なコンクリート橋に掛け替え)プロジェクトがあります。首都ポルトープランスから国の北部や近郊のビーチリゾートへ接続する主要幹線道路である国道1号線(及び同バイパス道である9号線を通る)へ向かう際にはグリーズ河を渡る必要がありますが、そこに架かっている2つの橋梁が老朽化して危険であるということからハイチ側からの強力な協力要請により日本が担当することになったものです。交通量が多いこと、また、一部にギャング等の暗躍する地区にほど近いこと等もあり、震災後の治安情勢による危険度も重なってなかなか実施に移せないまま時間が経っていました。
(橋梁掛け替えプロジェクト 定礎式に参加のモイーズ大統領による挨拶)
(橋梁桁製作ヤード全景)
(橋梁プレストレスト・コンクリート桁)
(橋梁掛け替えにあたり 既存の鋼橋撤去工事を実施(クロワ・デ・ミッション))
このように本プロジェクトは一般無償資金協力の案件ではありますが、日本の現場での安全確保(ヘルメットを被ることを徹底するだけでも大変だとのこぼれ話もありました)、作業工程のマネジメント等、一緒に関わっている方々にも非常に参考になるものがあるのではないかと思います。
同建設は現在も実施のまっただ中です。立派な橋の完成を日本から心よりお待ちしている次第です。
(後半へ続く)
(※2018年時点での執筆記事)
(※写真は全て筆者が撮影)
(※本コラムの内容は、筆者の個人的見解であり、所属する機関の公式見解ではありません。)
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