一般財団法人 国際協力推進協会
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第10回「ハイチ便り」:ハイチと日本(後半)


  ~ 日本とハイチの関係について(主に経済協力を中心に) ~

寄稿:元在ハイチ日本国大使 八田 善明

前半の続き)


【水と衛生】

 以前のコラムでも触れましたが、「水」は基本的な生活の上で極めて重要な要素であるものの、ハイチにおいては引き続き大きな課題として位置づけられます。適切な飲料水へのアクセスの確保、下水やトイレといった衛生設備へのアクセス、適切な知識の三位一体は、「健康的」な生活の基本であることは誰もがご存じのことですが、当然にそのアクセスがあるとは限らない国や地域もまだ多いのもまた事実です。

 ハイチでは、保健・人口省とハイチ飲料水供給公社(DINEPA)等が連携して、かつ多くの国が協力してWASH(Water Sanitation & Hygiene)プログラムを各地で積極的に推進しています。特に、不衛生な水を飲用することにより媒介される疾病については上述の適切な飲料水の供給、衛生設備や処理と適切な知識と実践が整っていないことに起因して多くの疾病の温床となるだけでなく、後述するコレラの問題などにもつながっていきます。

第10回「ハイチ便り」
(レオガン市 完成した給水塔)

(レオガン市における復興支援)
 首都ポルトープランスには上水道は敷設されておらず、下水道も未整備ですが、少し離れた隣町のレオガン市には水道システムがありました。しかし、大地震により相当なダメージが生じたため、全体的なリハビリと同時に同市の多くをカバーできるような機能強化を含めた復興支援の一環としてのプロジェクトに日本が関わっています。同プロジェクトは、水源からの取水、大型の給水塔の整備、主要管路の敷設(リハビリ)、各戸給水システムの確立と自己採算システムに移行するための各戸メーターシステムの供給・設置からなり、JICSが同管理にあたりました。

 「水」に限らないことですが、ここで注目と留意が必要な要素は、一部の都市部等を除いて、既に日本をはじめとする国々では当たり前である公共性の高い各種サービス、例えば電力、上水道、医療等の利用に当たっては、一定の利用者原理、すなわち利用者がその利用分(と、実際にはインフラの投資やメンテナンス分が含まれているわけですが)だけ使用料等を支払うシステムがあるのに対して、これらが未整備であったり、料金を支払ってまでそれらを入手しようと思わない(=場合によっては無料で得られるもの)習慣のままこれまで過ごしてきてしまっている状況があります。各種インフラのメンテナンス(消耗品の確保、日々の修理や、中長期の積み立てにより入れ替え需要に対応する等)や運営のための最小限の人件費など「持続可能な」運営に不可欠な観念やシステム(利用者の特定と料金徴収システム、管理人の存在等)が未確立であり、利用者である住民の理解とマインドの変化と共にシステムを実現していくことは、なかなか時間と努力を有する地道な過程を経ることになりますが、正にその他の分野においても持続可能な発展をしていく上で基本となる原理であるだけに着実な実現が望まれるところです。


【教育】
 あらゆる社会・経済活動の前提となる「教育」の重要性はここで述べるまでもありませんが、ハイチとの関係においても基礎的な社会分野における協力の範疇において、教育分野は大きな意味を占めています。なお、教育分野についても、学校・校舎といったインフラにはじまり、教員といった人材、カリキュラム・体制、そして教材等を含む広いシステムで意味をなすものだけに、医療分野等と並び、やりがいは大きい一方で短期的成果が見えにくいチャレンジングな分野だと思いますが、やはり、国や社会の基礎作りといった意味において避けては通れない分野です。

第10回「ハイチ便り」
(草の根無償による小学校校舎建築計画のパネル)

(草の根・人間の安全保障無償資金協力を通じた協力)
 比較的身近な協力としては、日本の大使館が直接実施するものとして、草の根・人間の安全保障無償資金協力(以降、簡単に「草の根無償」とします。)といった枠組みを用いて、直接、市民社会(NGOや市民団体・自治体)を支援してきています。

 草の根無償は、政府対政府の支援枠組みではないこと、そして供与額としても限度があり、一方で比較的短期に実現できる枠組みであることから、毎年、実に多くの支援要請が大使館には寄せられ、学校建設要請はその多くを占めます。これらは実施上の団体の実績・信頼性・財政的健全性や目的、必要性、裨益者、持続可能性等を総合的に勘案した上で、案件として絞られ、年間の供与総額内において幾つかの団体と実施契約に署名することになります。ひとたび契約がなされた後は、計画に従って資金が供与され、同プロジェクトの実現まで見届けることになります。 

 概ね草の根無償の限度額前後では、例えば、ハイチの例では、地方のコミュニティベース(村や区など)の小学校の校舎(6教室に独立した手洗い棟、教員棟など)の建設を賄うことができます。要請をしてくる既存の学校については、教会の敷地に間借りをしていたりする場合等が多くありますが、屋根が無いとか、屋根があっても壁が無い等、教育環境としては劣悪といっても言い過ぎではない中で、父母の強い要請が出された、というケースが多いです。

 なお、日本では当たり前かも知れませんが、こうした小学校の校舎は小さいといっても一応数百人も収容できるような建物であり、仕様に配慮して丈夫に建築すれば、自然災害時の避難所にもなり、選挙の時期には、選挙事務所や投票所として、また日常的にも集会所としても機能し、学生が利用していない時間帯は職業訓練の研修スペースとしても活用できる等、インフラが足りてない村落においてはマルチな可能性が広がっていると提案してきています。また、保健・衛生との関係では学校こそが保健教育の重要な出発点であること、そして先述のWASHプログラムの拠点として活用していくことも想定して手洗いのシステム(貯水槽と手洗い場)を組み込むようにし、併せてスロープを設けるなどの配慮についても提案し、実施してきました。

(一般無償資金協力を通じた協力)
 上述の市民団体への直接的支援のほかに、政府から政府への支援として大型の無償資金協力による教育分野での支援も実施しています。主に初等教育分野となりますが、草の根無償より大規模に学校を建設するプロジェクトで、中央県、アルティボニット県において学校を建設し、良質な教育環境を整備する、かつ耐震性の高い建物として自然災害に対する強靱性を備えることが想定されています。同プロジェクトもコンサルタントとして八千代エンジニヤリング社が、建設施工は徳倉建設社が実施しています。現在進行中のプロジェクトとして、完成と活用が待たれます。

(技術協力)
 インフラだけでなく、教育分野における特定分野における生徒の能力強化に資する教育方法とハイチの事情に適合した教材の作成面での協力として、算数における技術協力プログラムを展開してきています。算数は、御承知のとおり日常生活においても有意義であるだけでなく、経済活動においても重要な役割を果たすだけに、同分野での能力増強は国の発展にも直結する重要性があります。

 この関連では、想定される地域の小学校から抽出しながら現状の学力や理解力等を確かめ、その上で最小限の優先度を設けつつ基礎教材を作成し、教育省のカリキュラムと併用しながら算数のレベルアップをはかるというアプローチをとり、専門家の方々が御尽力されています。


【農業・食料】
 ハイチは農業国であり、海に周りを囲まれ漁業上のポテンシャルもありますが、必ずしも全体として十分に同ポテンシャルが発揮されていません。また、農業面について見れば、米などは過去には自給率も高かったものの関税等の低減措置により米が国外から大量に流入し自給率が低下した経緯があり、目下、国内自給率の向上に向けて様々な努力がなされています。

第10回「ハイチ便り」
(食料援助 引き渡し式において倉庫に積み上げられた米袋)

 日本も食料と農業分野について共有できることが多く、ハイチとの関係では、ここ10年以上にわたり食料援助(米)を実施してきています。同食料援助に対しては、ときには安価な米を輸入する支援をしてハイチ農業を支援していないのではないか等のコメントがでることもありますが、自給率が足りていない(50%未満)中でいかに食料を確保するのか、という観点からの支援であり、安定供給のために政府が外貨を使うことを抑制し、市場的に見ても、米を無償で市場にばらまくのではなく、ハイチ政府が流通価格を管理しながら市場に売却・供給するシステムとなっています。また、その売却資金を基金のように蓄積し(見返り資金といいます)、政府主導の社会経済事業に活用できるというシステムになっており、実際に重要な地方道の整備、高校の改修・建設など、ハイチ政府が最も優先度が高いと考える独自のプロジェクトに活用されるといった機能も果たしてきています。

 食料援助は現物(米)の支給ですが、実際に持続可能な農業技術の支援が重要だということについてもハイチ側からも意見がでることがあります。この点についても技術協力の一環として山岳地域における小規模農家の収量向上を目指す技術協力プロジェクトとして「農業技術者能力向上プロジェクト(PROAMOH 2)」も継続してきています。

 このほかにも、食料自給率の向上と、場合によっては輸出商品としての作物を促進し競争力を高める観点から、より大規模農業へと効率を求めていく必要があるとの方向性がハイチ側からも出されていることもあり、ハイチ政府の希望する重機の調達の支援のためにノンプロ無償といった枠組みの活用も行っています。


【防災】
 ハイチはカリブ海の島国であり、ハリケーンの通り道に位置することから頻繁にハリケーンの被害を受けてきています。またハリケーンではなくとも長引く降雨による洪水や地滑り・土砂崩れ、地震などの自然災害の影響を受けやすく、それらに対する災害対策や防災の必要性が極めて高い状態です。

 周辺国全体(カリコムレベル)での協力関係においても同様ですが、日本の有する防災上のノウハウや技術など多くを共有し、少しでも被害を予防・緩和できるよう積極的に関わってきています。その意味もあり、先般の国別開発協力方針においても防災の項目を新たに追加し、今後も継続的に同分野での協力を実施していくようにしています。

第10回「ハイチ便り」
(ハリケーン マシュー襲来時の日本の緊急支援物資)

 災害との関係では、飲料水、食料そして医薬品、シェルター等について事後的に確保するポスト・ディザスター支援をすることも重要であり、例えば大型のハリケーンに際しては各国と共に日本も緊急支援等を実施してきています。

 なお、一方で、どうしても予防的な面、つまり防災面については遅れが目立ちます。これは確かな知識に宿る面が大きいだけに、十分に教育・啓蒙が行き届き、かつ行政的にも体系化されなければならないといった課題があり、一方で克服さえすれば大いに同分野では大きな進展と効果が見られるものと考えられます。そうした中、国際的な支援によりハザードマップを整備し、日本としてUNDPとの協力により体制整備・キャパシティビルディングをはじめとする支援を実施してきています。

第10回「ハイチ便り」
(UNICEFと連携してハイチのWASHプログラムを推進(小学校における手洗い設備設置と指導))

第10回「ハイチ便り」
(UNICEFと連携してハイチのWASHプログラムを推進(村落への共同水栓設置))

第10回「ハイチ便り」
(UNICEFと連携してハイチのWASHプログラムを推進(各戸別のトイレ設置の重要性を啓蒙した結果、自分で設置したトイレ))


【コレラ対策】
 ハイチは、もともとは下痢性の疾患はあってもコレラ汚染地域ではありませんでした。しかし、ハイチでは2010年の大震災の後、同復興支援のためにハイチ入りしていた国連平和維持活動関係兵士がコレラを持ち込み、その宿営地近辺の衛生管理が不十分であったことに端緒を発し、アルティボニット県の住民にコレラの罹患が広がり、その後短期間のうちにハイチ全土に広がり、9,000人以上とも1万人以上とも言われる多くの死者を出すに至った経緯があります(国連は、潘基文事務総長をして2016年にPKOとの因果関係を認め、コレラ撲滅に向けての支援と被害に対する対応を行うことを約することに至りました)。なお、当初の対応もさることながら、もともと衛生面(と飲料水面)での脆弱性が高い環境下であったことも大きく災いし、言わば干し草に火種が落ちたような状況とも言え、感染力の強いコレラは猛威を振るい被害の拡大をもたらし、かつ長引くこととなりました。

 当然の帰結として、国際的にも対策の必要性と関連支援の規模の拡充が要請される状況になりました。同対策としては、疫病学的対応(治療・除染・隔離等)と予防的環境確立(適切な飲料水確保、衛生環境の整備(トイレと手洗い)、啓蒙・教育)の2点を地道に行うことに尽きると思われますが、当初は治療・対応する人数よりも圧倒的に同時多発的に各地で罹患数(と疑い症例)が増える一方と、対応が追いつかない絶望的な状況にすらあったと言えます。同要請に際して、日本も対策に早くから乗りだし、UNICEF等と協力し飲料水や衛生面での支援プログラムに資金を注入しました。複数の3か年の中期対応を継続する傍ら、ハリケーン直後の危険な期間における集中的なコレラ対策にも協力し、また、緊急対策チームによる局所的なコレラ症例の封じ込め活動にも対応する等重層的な対応を継続することにより、米国やカナダ等をはじめとする支援とともにコレラ撲滅が近いというところまでこぎ着けることができました。現状としては、これまでの封じ込め作戦や緊急対策チーム制による対応が奏功し、仮にどこかで疑い症例が発生したとしても、都度即応的に十分な対応ができるようになり、現状としてかなりコントロール下にある状況になり、これまでの日本の理解と支援についても、ハイチ政府はもとよりUNICEFや国連から謝意が示されています。

 感染症の封じ込め作戦としてハイチにおける経験は国際的なエピデミック・パンデミック対策における方法例として大いに参考になるとも評されており、そうした地球的・人類的活動にも資する面で日本が貢献できたことは大変意義深いものと思っています。こうしている間にも、ハイチでのコレラ撲滅宣言が出されることを願ってやみません。


3.様々な手法とアクター
 ここにとりあげた協力の多くは、日本のODAの有する各種援助形態(スキームと称されます)の内、一般無償資金協力、食料援助、ノン・プロジェクト(経済社会開発計画)無償資金協力、草の根・人間の安全保障無償資金協力、日本NGO連携無償資金協力、技術協力(専門家派遣、研修員受け入れ、セミナー、技術協力プロジェクト)等を駆使して、幅広く現地におけるニーズに照らして実施してきている案件などを御紹介してきました。それ以外にも様々な協力の態様や要素があるので以下に簡単に触れます。

第10回「ハイチ便り」
(国際機関連携で地方電化プロジェクトの開始式でのパネル)


【その他の分野等】
(1)国際機関との各種連携

 上述の二国間における各種活動に加えて、国連・専門機関との連携により様々な支援を実施することも積極的に模索しました。どうしてもフランス語圏であることや、日本だけではマンパワー的にみて実施体制的には一定の限界があることはやむを得ないところですが、フィールドでの経験とマネジメントを含む実施体制を有する国際機関と手を組むことにより極めて大きな相乗効果が期待できます。私の在任中には、先述のコレラ対策においてUNICEFとの連携を継続・強化し、大きく効果があげられたほか、UNDPと連携して防災面でのプログラムを継続し、また新たなチャレンジとして電力網へのアクセスのないオフグリッドの地方村落への電力供給を推進するプロジェクトや、深刻な都市部におけるゴミ処理問題への対処としてゴミ処理場の建設と同体制作りなどにも関わることができました。

(2)復興支援
 人道支援としての面も含め、国際社会と一丸となって日本も様々な局面で協力をしてきています。2010年の大震災の影響はすさまじく、直後は復興基金への参加も行いつつ、上述のレオガン市の給水網の修復・拡張やジャクメルの病院、首都圏における2つの橋梁の掛け替えをはじめとする多くの復興関連プロジェクトを実施してきました。

 関連して、ハイチにおいて展開していた平和と安定化のためのPKOである国連ハイチ安定化ミッション(MINUSTAH)において復興支援のための要請があったことから、自衛隊の派遣を決定し、数年にわたり瓦礫の除去にはじまり数多くのインフラのリハビリ等に貢献したこともありました。

(3)民主化支援
 やや遠回しな言い方ではありますが、大統領選挙、議会議員選挙ほかといった国政の根幹をなす選挙の実施に当たっての支援についても直接・間接の双方において積極的に関わってきています。特に全国規模で実施する選挙は、それ自体が実施体制・費用・マンパワー・研修そして治安など多岐にわたる壮大なオペレーションであることから、国連や米州機構、EUや関係各国がそれぞれに費用や人などを動員して選挙を実施する一助を担ったりしています。

(4)その他の協力のアクター
 また、今回は主に日本政府としての関わりについて、経済協力という極一面から日・ハイチ関係を紹介してきましたが、政府関係プロジェクトを現地において日本クオリティで支えてくださっているプロジェクトを担っている日本企業の方々、震災復興期やそれ以外の期間において、実に様々な分野で社会的な貢献を行っている日本のNGOの方々、日本NGO連携支援を受けて活動されている方々、そして国際機関の一員としてハイチで頑張ってこられた方々など多くの方々が様々な形で日・ハイチ関係に関わり、かつ「日本」を発信されてきています。



(※2018年時点での執筆記事)
(※写真は全て筆者が撮影)
(※本コラムの内容は、筆者の個人的見解であり、所属する機関の公式見解ではありません。)



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