インタビュー:関西外国語大学 片岡修教授
Q1・考古学に興味を持ったきっかけは何ですか。
わたしが考古学に興味を持ち始めたきっかけは、決して格好の良いものではありません。きっかけは高校2年生の16才の夏に遡ります。当時は学生運動で騒がしい時代で、多くの人たちが政治や社会に意識を高めていた時代でした。わたしといえば、何に対しても関心が持てない無気力な生活を送っていました。おそらく、この状態のわたしをご存知だったのでしょうね。後に生涯の恩師となった高校1年の担任だった瀬川芳則先生が、わたしを考古学の世界に連れ出して下さったのです。
大阪府枚方市の鷹塚山という弥生時代の遺跡の発掘調査に参加する機会をいただきました。当然ながら、考古学がどんな学問なのかを高校生のわたしは知る由もありませんでした。ただ、初めて手にしたスコップで地中の土器や石器を掘り当てた時は、まるで「頭が炸裂」したような不思議な衝撃を受けました。考古学にはまり込んだ瞬間です。
Q2・ 考古学のおもしろさとは何ですか。
考古学っていうと、発掘で見つけた建物跡やお墓や土器や石器から、文字もないような先史時代の人たちの文化や歴史を研究する学問のイメージが強いかも知れませんね。実際は、人類の誕生に始まり現在に至るまでの過去の全てが考古学研究の対象になっています。数万年前の旧石器時代の研究をしている専門家がいる一方、近代の産業遺跡や第二次世界大戦に関係する戦争遺跡の研究に従事している考古学者もいます。
確かにいろんなものが地中から見つかる発掘調査の楽しさはあるでしょう。でも、何と言っても遺跡から見つかった建物跡や墓跡や出土する土器や石器などをいろいろな方法で分析した基礎資料から、過去の文化や歴史を明らかにしていくプロセスは、まさに点と点を線に、線と線をつなげ合わせて面を作り上げいく作業です。ありきたりな表現ですが、ジグソーパズルをつなぎ合わせていくうちに次第に全体像が見えてくるような楽しさがあるのかも知れません。
(発掘調査中の片岡教授(国立民族学博物館所蔵))
大学卒業後に大阪府の枚方市文化財研究調査会に就職し、市内の遺跡の発掘調査に明け暮れていました。経済学部出身と言うこともあったのでしょうか、4年半後にアメリカの大学で考古学の基礎知識を身に着け、大学院で専門的な研究をしたいと思い始めました。
留学と言っても、英語能力の欠乏と不安定な経済状況という二つの致命的な問題を抱えていました。その結果、授業料の安いグアム大学を見つけ出し、考古学の勉強できる人類学部に編入しました。1979年12月のことです。授業に慣れた頃、労働許可をもらい週末や夏休みにグアムの考古学研究所でアルバイトを始めました。困窮しているわたしに、友人や教員たちが救いの手を差しのべてくれたのです。発掘調査や遺物整理に必要な知識と技術を身につけていたので、とても重宝がられました。当時、グアムやサイパンのあるマリアナ諸島の考古学は遅れていて、とても魅力のある世界に見えました。ミクロネシア考古学との関わりだけでなく、将来の方向づけとなった瞬間でした。
Q4・ナンマトル遺跡との関わりとその思いについてお聞かせください。
グアム大学人類学部に編入して3年後に学士を取得し、いよいよ大学院。当時、太平洋の考古学を研究したいのならアメリカのオレゴン大学という時代でした。太平洋を自分のフィールドと決めていたので、太平洋考古学でその名を轟かせていたエアーズ教授に師事するため、オレゴン大学を目指しました。
教授はミクロネシアのナンマトル遺跡とモアイの石像で有名なポリネシアのイースター島の研究をされていました。修士課程在籍中に、教授からナンマトル遺跡の調査の参加を勧めていただきました。ナンマトル遺跡との関わりの始まりです。1984年のことでした。初めて目の当たりにした壮大なナンマトル遺跡の印象は強烈で、博士論文の研究対象に決めたのです。オレゴン大学を卒業し現在在籍している関西外国語大学に就職することになりました。その後もナンマトル遺跡の研究を継続し、気がつくと33年過ぎていました。まさにライフワークとなったのです。その延長上に2016年の世界文化遺産登録があります。少しは現地にお返しができたかなと思っています。「危機遺産」のお墨付きもいただいてしまったので、その脱却に向けて今後も何か貢献できることを願っています。
(ナンマトル遺跡)
「危機遺産」の汚名は、遺跡の保存状態の問題と弱体な管理体制に起因しています。積み上げた巨石の経年の劣化や負荷による崩落、マングローブや巨木を含む植物の繁茂と訪問者による遺跡への影響、近年の地球温暖化の海水面の上昇による遺跡への影響などが、遺跡と景観の悪化に大きな影響を及ぼしています。ナンマトル遺跡全体の保存には、国際支援を基盤とする巨大プロジェクトの立ち上げが必要となるでしょうね。一方、遺跡の重要性とその保存に対する住民の意識や認識を高めるため、教育啓蒙活動も重要な支援活動の一つとして考えられます。
APICは支援項目として①資料館や研修室など多目的使用ができるビジターセンター建設、②現地ガイドを含む人材育成、③ナンマトル遺跡の解説書の作成、④学校教育用(特に低学年用)のナンマトル遺跡を題材にした副読本の作成をあげています。
これらは、訪問者やポーンペイ島の人たちが世界文化遺産としてのナンマトルについて理解を深め、遺跡と周辺環境の保護意識を高めるために重要な支援で、結果的に「危機遺産」脱却に大きな貢献を果たすことになると確信しています。
Q6・大学での考古学の位置づけとは何ですか。
大学での考古学の位置づけは、専攻コースがあるかないかによって大きく異なるでしょうね。たとえば、わたしの大学は外国語大学なので、考古学やオセアニア文化論や文化人類学などの講座は、選択科目で総合科目の一つです。将来の研究者や専門家を育成するというより、外国語の習得と共に世界的な視野を広げ基礎的教養を身につける科目の一つとして位置づけられます。
専攻コースをもっている大学は、考古学の学問的な意義と定義に基づき、各大学の教育方針を指針に地域性や専門性を打ち出した特徴ある講座が開講されています。考古学の関連講座は文学部で勉強できますが、文化財学科や歴史文化学科、文化財科学専攻や文化遺産学専攻や考古学・民俗学専攻など学科名やコース名はさまざまで、将来の進路を考えて大学や学科を選ぶことになるでしょうね。
卒業後の進路は埋蔵文化財保護行政関連の専門職員、博物館の学芸員、保存修復技術者、大学院に進学し研究者など、教職や専門職や研究職につながるような講座が開講されていると思います。
Q7・ 考古学を志す学生へのメッセージは。
考古学は遺跡から見つかる物的証拠に基づいて、人が誕生してから現在まで築き上げてきた文化や社会や歴史を理解し解釈する学問分野です。研究の基礎として発掘調査が伴い、地道な出土品の分析や実測を含む遺物整理には忍耐力と体力が求められます。そのため、どの学部にも共通するかも知れませんが、志そうとする分野を理解し興味を持ち好きだという気持ちが大切でしょうね。
人は政治や経済や宗教や芸術などさまざまな活動をするので、人を理解するためには文化人類学や自然人類学など異なる分野の研究成果を頻繁に参考にします。また、遺跡から見つかる土器の胎土分析や石器の岩石の成分分析や花粉分析などに加えて、遺構や出土遺物の保存には保存科学など科学的な分析が多く利用されます。このように、一言で考古学といってもいろいろな専門分野が関係しているのです。将来の研究対象や分野やテーマが見つかるよう、多くの本や論文を読み、物をたくさん見て、あるいは触って、広範囲に興味と好奇心のアンテナを張り巡らして下さい。
今日、研究者の交流や情報の交換は世界レベルで展開されています。参考文献はもはや日本語とは限らないのです。また、論文や口頭発表で成果を発信するためにも、英語や自分がフィールドとする国や地域の言語をある程度身につけておくことを強くお薦めします。
(遺跡と共に(国立民族学博物館所蔵))
1974年 龍谷大学経済学部卒業
1974年 牧方市文化財研究調査会調査員
1982年 グアム大学人類学部卒業
1996年 オレゴン大学卒業(Ph.D. 太平洋考古学)
1994年 関西外国語短期大学助教授
2007年 ミクロネシア連邦文化財専門委員
2008年 関西外国語大学国際言語学部教授
2017年 関西外国語大学国際文化研究所研究員
(※ 2017年7月時点)
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