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インタビュー:駐日マーシャル諸島共和国特命全権大使 アレクサンダー・カーター・ビング閣下(H.E. Mr. Alexander Carter BING)

インタビュー:駐日マーシャル諸島共和国特命全権大使 アレクサンダー・カーター・ビング閣下

2023年5月24日、マーシャル諸島共和国ビング大使(H.E. Mr. Alexander Carter BING)にインタビューを実施しました。マーシャル諸島は太平洋のほぼ中心、グアムとハワイの間に位置し、第二次世界大戦終戦までは日本の統治下にあり、その後米国統治下の国際連合信託統治領から1986年に独立しました。ビング大使よりマーシャル諸島の歴史や文化、現在の課題、マーシャル諸島の若者や国際社会での活動についてお話を伺いました。【聞き手:APIC職員 松本いく子、淺野未莉】(インタビューはAPICで翻訳)


1.マーシャル諸島大使館の主な役割と大使館スタッフについてお聞かせください。

 現在、大使館にはマーシャル人3名、日本人1名、フィリピン系日本人1名が勤務しています。最近フィリピンの大学を卒業したインターンも数ヶ月間当大使館で働いています。私自身はフィジーで生まれ育ち、1968年に父親の母国であるマーシャル諸島に家族で戻り、それ以降マーシャル諸島で民間企業や政府の仕事をしてきました。マーシャル諸島では大使は大統領が任命しますが、2002年から駐台湾大使に任命され、2022年3月に駐日大使に任命されました。駐日大使館の首席公使(Deputy Chief of Mission)であるLisa Lajkam-Caseは、2021年から日本で勤務しているキャリア外交官です。
 大使館の役割の一つは、日本との関係を強化することですが、当大使館はブルネイ、タイ、インド、モンゴル、ミャンマーも管轄しています。シンガポールやフィリピンからの外交文書や要請なども本大使館を通します。基本的に日本で仕事をしますが、重要な外交行事に大統領や外務大臣が出席できない場合は代行することがあります。

インタビュー:駐日マーシャル諸島共和国特命全権大使 アレクサンダー・カーター・ビング閣下

2.マーシャル諸島共和国の歴史や文化について教えていただけますか?

議会の構成:マーシャル諸島は29の環礁と5つの島、計34の島々によって構成されています。1979年からマーシャル諸島の立憲政治が始まり、1986年に独立しました。これらの島々から選挙で33人の議員が選出され、議員の中から大統領が選ばれます。大統領は議員の中から10人内閣メンバーを選出します。議員の任期は4年です。

歴史:1887年から第一次世界大戦までドイツが最初の外国勢力としてマーシャル諸島を統治し、1914年に日本による軍事占領がありました。日本は第二次世界大戦終結まで島々を統治し、戦後はアメリカによる統治が1986年の独立まで継続しました。マーシャル諸島には日本人の血を引く人々が多く、日本と強い繋がりがあります。日本との正式な国交は1986年に確立されました。

核の遺産:マーシャル諸島と日本は核の遺産を共有しています。日本は広島と長崎に投下された原爆の被害や、自然災害による福島原発事故を経験しました。マーシャル諸島は1946年から1958年の間に実施された核兵器実験により被曝し、多くの人が避難を余儀なくされました。「ブラボー」で知られる最大級の実験は1954年3月にビキニ島で爆発しました。今日もマーシャル諸島の人々の多くが、強制的な移住による文化・土地の喪失に苦しみ、そして環境・生態学的な影響は今もなお続いています。悲劇的な出来事ではありますが、マーシャル諸島と日本は互いの被曝経験を理解し合うことができると思います。

伝統の継承:マーシャル諸島にはRālik(西部)とRatak(東部)という2つの地域がありそれぞれ方言があります。島々が地理的に離れているにもかかわらず、お互いの言葉を難なく理解することができます。マーシャル諸島全域で共通の言語が話されている背景には、マーシャル人の巧みな航海技術に関係すると考えられています。
 マーシャル人は星と波を観察しながら広大な海を航海する独自の知識を受け継いでいおり、これが伝統的な航海技術として知られています。この技術は欧米の研究者たちが注目し研究がされていますが、親から子へ口承される知識であるため、その全容が明らかにされておらず、文献化もされていません。波を読み、波と島や陸地との相互作用を読み解く能力は、マーシャル人が何世紀にもわたって紡いできた技術です。
 次世代への継承に向けての継続的な活動も行われています。その一つは、WAM(Waan Aelõñ in Majel)というNGOによるもので、この団体は若者たちに伝統的なアウトリガーカヌーの建造技術を教えています。実物大のカヌーの建造方法に加え、模型カヌーや航海チャート、様々な手工芸品の制作も教えています。WAMによる活動は約30年間続いており、マーシャル諸島の文化遺産の保存と同時に若者の社会プログラムでもあります。伝統的な慣習と現代の要素を統合することで、若者たちを育て、伝統的な知識や技術の継続を目指しています。
 伝統文化や知識の継承は、家族内での世代間継承に加えて、WAMのような団体による活動も重要な役割を果たしています。例えば、マーシャル諸島では伝統的な薬草も多く、現在でも家庭で実践されています。これらの実践を科学的な観点から文献化し理解することに対する関心が高まっています。
 伝統的な知恵の継承と活用は、文化の多様性を尊びながら持続可能な開発を取り組む上での重要な要素です。これらの活動は、マーシャル諸島の人々が自身の文化と伝統を誇りとして、現代の社会で生き抜く力を育むことを目指しています。次世代へ伝統を引き継ぎ、それをさらに発展させることで、マーシャル諸島の繁栄と持続を促すことが期待されます。
NGO・WAM(https://www.canoesmarshallislands.com/)

インタビュー:駐日マーシャル諸島共和国特命全権大使 アレクサンダー・カーター・ビング閣下

インタビュー:駐日マーシャル諸島共和国特命全権大使 アレクサンダー・カーター・ビング閣下
(WAMによる活動の様子(写真提供:WAM))

3.マーシャル諸島は現在どのような問題に直面しているのでしょうか?

食文化の変化と環境汚染:地元の食べ物として一般的なのは、ブレッドフルーツや魚、カニ、ロブスターなど様々です。しかし、人々はこれらを調理し、例えばアメリカ人の多いクワジェリン環礁で販売し、その収益で米、砂糖、小麦粉、とうもろこし、缶詰や炭酸飲料を購入するようになりました。人々が輸入食品に依存し、伝統的な食生活から離れることで、糖尿病や高血圧などが増加しています。また、輸入される食料品の包装材などは環境問題に繋がっています。私たちは教育を通じて問題解決に取り組んでいますが、政府の更なる支援が必要です。持続可能な生活を実現するためには、自然資源を大切にする伝統的な生活様式を取り戻し、環境問題や健康問題に対する解決策を見つける必要があります。

気候変動:マーシャル諸島は海抜が低い環礁であり、気候変動の影響、特に海面上昇による洪水・浸水に脆弱です。北極や南極の氷の融解が続く限り、海面上昇は続き、マーシャル諸島は常にこの課題に直面します。島の最も高い地点がわずか15フィート(約4.6メートル)であるため、タンカーの接岸時などにも海面上昇の影響が一目瞭然です。
 政府と地域社会の対策は様々です。洪水リスクのある地域では海壁の建設や埋め立てを行い、避難計画の策定、海外の土地の購入なども行われています。例えば、避難先・定住先の確保のためにハワイに土地を購入した自治体もあります。しかし、海面上昇が続く限り、課題は継続するため、国際的な支援と包括的な解決策が必要です。

コロナの影響:マーシャル諸島ではCOVID-19の影響は比較的軽微でした。パンデミック中に国境は閉鎖され、その間にワクチン接種が進められました。国境解放後、ウイルスの感染力は弱まっており感染者数や死亡者数は少なかったです。アメリカからのワクチン供給により国民の大部分がワクチン接種を受けることができました。私も2022年3月に日本に到着した時点で4回目を接種し終わっていました。その時点では日本もまだ海外からの入国が制限されており、外交官のみが入国を許可されていました。

4.マーシャル諸島の若者について教えてください。

 マーシャル諸島の若者は教育の選択肢がいくつかあります。一部は国外の学校、例えばミクロネシア連邦にあるザビエル高校に進学しますが、マーシャル諸島のマジュロのアサンプション高校やイバイのクイーン・オブ・ピース高校なども選択肢としてあります。高校卒業後はマーシャル諸島短期大学(CMI)への進学も一般的です。また、一部の優秀な学生はアメリカやアジアの大学で奨学金を受けて学ぶこともあります。アジアの高等教育では、例えば台湾の医学部を卒業後台湾の病院で研修を受け、マーシャル諸島の病院で研修を完了する方法があります。職業に関しては医者や法律家、会計士、航空パイロット、船長の需要がありますが、頭脳流出が問題となっています。航空業ではクワジェリン基地やアジア・パシフィック・エアラインズに雇われることも多く、航空パイロット不足も課題となっています。海運業では、地元の航海士がいますが、正式な免許を持つ船長は少ないです。近年では一部の若者がシンガポールで最終的な訓練を受け、船長として働いているという報告もあります。これをきっかけに認定された免許を持つ船長が増えるといいと思っています。様々な分野の専門家の需要がありますが、頭脳流出が悩ましいところです。将来的には、若者たちには帰国し地元の人々に知識を伝えて貢献して欲しいです。

5.マーシャル人の国際的な活躍の背景にはどのような理由があると考えられますか?

 いくつかの理由が考えられますが、その一つはマーシャル諸島共和国憲法の序文に明示されている価値観でしょう。そこには、マーシャル諸島の人々が神を信頼し、人々の生命、自由、アイデンティティ、権利を重んじることが強調されています。自分たちの国を築くために立ち上がった先祖に誇りを持ち、受け継がれた神聖な遺産を守り抜くことを誓っています。
 マーシャル人の祖先は台湾から海を渡り移住したと考古学的に考えられています。未知の領域を恐れずに航海を続けられた人々の強靱さ、適応力、勇敢さがマーシャル人祖先の特徴です。また相互尊重の精神を持ち、他の島々の文化や領土を尊重する平和な関係を築いています。そして、彼らは外部の脅威から自らの土地や文化を守ってきました。これらの文化的な価値観、航海の伝統、相互尊重、そして自己のアイデンティティを守り抜く強い意志という要素が組み合わさり、マーシャル諸島の人々が国際的な舞台で活躍することを可能にしているのではないでしょうか。

インタビュー:駐日マーシャル諸島共和国特命全権大使 アレクサンダー・カーター・ビング閣下
(オーストロネシア人の移住・拡大過程の年代地図)

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